update:2025.12.25
ハイ皆さん、こんばんは。
イマジン代表の霜方です。
今年は、自分の中の仕事納めが思ったよりも早く
すでに、年末モード・お休みモード・・・
世の中は年末の忙しさに慌ただしいのに
こんなことで大丈夫か?と一抹の不安に襲われつつも
この年末年始で読みたい本や観たい映画を頭の中で整理しつつ
のんびりゆっくり過ごせたらなーなんて思っています。
今年もたくさんの本や映画を観ましたが
いいセリフ、グッとくる言葉など、琴線に触れるような言葉。
みなさんも覚えがあると思いますが、
自分の置かれた状況、年齢、その時々の気分などによっても
受け取り方が違ってきたりするのだと思います。
今、50代になり、仕事のうえでも責任ある立場、家庭でも指針となる存在
世間でいうところの「おじさん」としての立ち振舞などなど。
50代真っ只中、ぼくの琴線に触れた、映画のセリフなどを紹介しようと思います。

「国宝」
今年、これを外すわけにはいかないですよね。
原作と映画、それぞれで良さは違えど、その世界観、生き様など
とても共感出来た作品でした。
ストーリーの軸は、「血筋」と「芸の才能」。
歌舞伎を目指す、「血筋」を持たないヤクザの息子と、
宗家に生まれ三代目を受け継ぐことが決まっている坊っちゃん。
映画を見る前評判でも映像の綺麗さが話題に上がっていましたが
実際劇場で見ると、圧巻でした。美しいというより、艶めかしい。
匂いや体温が伝わってくるような息苦しくなるような映像。
ある時、交通事故で舞台に立てなくなった二代目の代役として
血筋ではない、ヤクザの息子である喜久雄が「曽根崎心中」を演じることに。
本来なら、実の息子である俊介が選ばれると誰もが思っていました。
その初日、化粧をしながら俊介に喜久雄が言うセリフ。
「いま一番欲しいのは、おまえの血や」
「コップに入れてガブガブ飲みたいわ」
この映画では、随所で「血」と「才能」の苦悩が描かれます。
この喜久雄の言葉はとても心に刺さりました。
練り上げ鍛え上げた技、そして才能を持った喜久雄が心底すがりたいもの。
そして、代役として選ばれなかった俊介が欲した「技と才能」。
とにかく、この国宝。鑑賞中、ずっと息苦しいほどの熱量を感じました。
技術を造り上げるという点において、クリエイティブの世界も本質は同じだなーと
この映画を観てあらためて感じました。
ぼくも、若い時、デザインが出来るようになりたい!その一心でこの業界にかじりつきました。
朝までかかったデザインがボツになったり、どんなに頑張っても芽が出なかったり、
他のひとのデザインに嫉妬したり、悔しくて、自分の才能の無さに打ちのめされたり。
その当時、先輩デザイナーを先置いてコンペを任されることが何度がありました。
コンペが取れないと凹むのはもちろんですが、いつ自分に声がかからなくなり、チャンスが
もらえなくなるのではないかと、とにかくコンペが取りたくて取りたくて、
当時のデザイン事務所の近くの神社に「コンペ取らせてください」とよくお願いに行っていました。
結局、あまり芽が出ないままでしたが、地道にこの業界にしがみつきながら
ようやくクリエイティブ・ディレクターという目標を見つけることになったのですが
長くなるのでこの辺でやめておきましょう。
ちなみに、余談ですが、国宝を撮った李相日監督が映画で使ったロケ現場を
今年、TVCMで使うことが出来ました。
TVCMの撮影時も、李相日監督と同じ現場でメガホンを取ることが出来るなんてと
実はひとりで悦に浸っていたのは内緒です。
国宝を観て、あらためて、この監督の世界観好きだな〜と再認識しました。
ということで、この映画、名台詞のオンパレードなので、まだ観ていないひとはぜひ。
原作も濃厚で映画とはまた違ったスケール感を感じられます。

「フロントライン」
世界規模で人類が経験した新型コロナウイルス。
当時、ニュースでもリアルタイムに見ていた、ダイヤモンド・プリンセス号の
実話に基づいた激動の2週間を基に描かれた作品です。
感染症の専門ではない、DMATが未知のウイルスに立ち向かっていく姿が描かれます。
そもそもDMATという組織はボランティアで構成されていて
公的機関ではない、慈善団体という難しい立ち位置の中で、
そこで働く医師もそれぞれの複雑な背景や家庭などの事情もあり、かなり過酷な
労働を強いられて、身体はもちろん、精神的にも追い詰められていきます。
そんな中、現場でDMATの指揮を執る仙道がさらっと言った言葉。
「だってみんな、こういう時のために医者とか看護師になったんでしょ」
「今働かないで、いつ働くのよ」
この仙道、常にブレない姿勢で迷いのない医師として描かれているんですが、
このセリフ、ドキッとしたのと同時に自分に置き換えて腹に落ちた言葉でした。
ここまで極限状態の中で仕事はしていなくても
決断を迫られる現場や、過酷な状態の中で仕事をしなければならない時もやっぱりあって
そういう中で、文句や愚痴を言う前に、こういう気持ちで望めるということはとても強いことだなって思いました。
なんのために仕事をするのか。どうしてこの仕事を選んだのか。
軸さえブレずにいられたら、すっとこんな言葉が出てくるようになるのかなーと考えさせられるセリフでした。

「F1」
事故により30年間F1を離れていた男(レースはその間も続けている・デイトナとか)がF1チームのオーナーでもある
親友の頼みで再度、F1にチャレンジするというストーリー。
展開はとてもベタで、現役の若いチームメイトのF1レーサーを、先輩として導く役でありながらも、
勝負という場では譲れないレーサーの性が出てしまうベテランレーサーぶりを発揮してしまう主人公との
ライバル関係、師弟関係が描かれています。
親友のチームオーナーからカムバックを求められた時のセリフ。
「金のために走っている訳じゃない」
「では、何のために走る?」
「走っていると、ごくたまに心が穏やかなになり、音のない静かな瞬間が訪れる」
「その瞬間、おれは飛んでいる」
30年F1を離れていて、人生最後の檜舞台に立てるチャンス。
この主人公のレーサーはたぶん年齢は50代後半の設定。
その歳だからこそののこだわり、そしてレースを続ける意味が
痛いほどわかって、なんかめちゃくちゃ感動しました。
たぶん、仕事って色々な意味合いがあって一言では言えないけど
プロとして仕事をする以上、それぞれに矜持があると思うんですよ。
特に業界が長ければ長いほどに。
たぶん、30歳ぐらいの時には、わからなかったそんな矜持がこの歳になって
わかるようになったということなのかもしれません。
そして、この主人公のF1レーサーは、ルーティン(ジンクス)を大切にしていて
たとえば、レースには左右で違う靴下で臨んだり、レース前には必ずトランプを一枚
レーシングスーツに忍ばせています。
これもわかるんだよなー。歳とともに最後は神頼みというか、ジンクスに頼ってしまう
自分がいるんですよね。
ちなみに、自分のジンクスは、ホイットニー・ヒューストンを聞きながらデザインすると
良いデザインになったりします。
そして主人公が最後に言うセリフ。
「走った先で会おう」
生涯現役宣言ともとれるこのセリフ。チームやライバル、同じ世界で生きる仲間たちに
言う、とてもリスペクトある言葉だと思います。
この世界で認めるからこそ出るセリフであり、自分たちの居場所を大切にした
とてもステキな言葉だと思いました。
で、最後に今年公開の作品ではありませんが
これも仕事観上、とても琴線に触れた作品。

「トップガンマーベリック」
言わずと知れた、名作トップガンの続編です。
これ、中年による中年のための名作映画として紹介しないわけにはいかない作品です。
ある意味、いい年してやんちゃな主人公のマーベリック。
本来なら管理職、部長クラスでもおかしくない実績の持ち主ですが
それを拒み、現役パイロットにこだわるイケオジです。
上官がそんな主人公に嫌味全開で言うセリフ
「戦闘機の近代化、近いうちにパイロットは必要なくなる」
それを受けて余裕で返す主人公
「だとしても、それは今日じゃない」
かっこいい!時代の流れを受け入れつつも全力で否定する姿。
この言葉は、中年の負け惜しみじゃないところがまたかっこいい。
劇中、主人公は若い現役パイロットたちがクリア出来ないミッションを
老体に鞭打ってなんなくクリアしてしまうです!(映画ですが・・・)
また、、元カノが美しくてかっこいい。
若い女性には出せない魅力全開で、THE大人の女性という感じで光り輝くものがあります。
そして、若い時のライバルであり良き友人(こちらはしっかり出世して長官です)アイスマンに
若いパイロットを訓練してやれと言われます。
それに対して、苦悩しながら答える主人公。
「おれはパイロットだ。ただの仕事じゃない。生き様だ。それをどう教える?」
この言葉も、管理職含め世の中年には響くんじゃないでしょうか。
色々なスタンスがあるとは思いますが、仕事だけど、ただの仕事だけというわけでもない。
仕事の辛さも苦さもかみしめたうえで、言う「生き様」。
確かに、そういう向き合い方やスタイルというものは、人に教えるというのは難しいのかも知れません。
このマーベリックのように、意地でも現役でいるというのが、正しいわけでもないでしょう。
年齢とともに演じなければならない立場も、責任もあるとは思います。
でも、たしかに一人のプレイヤーとしては、ぼく自身も身につけた技術やセンス、テクニックというものに
誇りやこだわりがあります。
そして、その技術やセンスを求められるのなら、時代はどうあれ、損得なしに精一杯応えられる自分でありたいと思います。
以上、中年のための中年に響く、正しい中年であるための指南書とも言える内容だったのではないでしょうか。
中年、シニア、初老、様々な呼び名がありますが、もう「ダンディー」という言葉で統一してほしい。
そうすれば、もっとダンディー世代も自信を取り戻せるのではないでしょうか。
「ゲッツ!」
それでは、また来年お会いしましょう。
サヨナラ サヨナラ サヨナラ・・・
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